高卒認定試験(高認)・大検は

高卒認定試験受験専門J-Web School
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高卒認定試験(大検)は 高卒認定試験受験専門J-Web School

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高卒認定試験合格者
インタビュー



25歳で高卒認定受験、27歳で大学入学。
冨田泰徳さんは「高卒認定がなかったら、普通に就職していた」と言います。やり直そうと決断するのに、年齢は関係ありません。
高卒認定試験の受験は、その決断に基づく行動でした。
高校中退からいくつものハードルを乗り越えた10年あまりがあったからこそ、いまの大学生活を「充実しています」と笑顔で言い切れるのかもしれません。



- 冨田さんは、25歳で高卒認定に合格して、27歳になった今年の4月に福島大学に入学したのですね。高卒認定を受けるまでの間にけっこう時間がありましたね。

 学校を離れて からブランクがありました。僕は中学でちょっとトラブルがあって、高校受験が自分の思った通りにはいかなくて、高校に入学したものの5月ぐらいには、もうやめるということに決めていたので、高校の勉強を全くしていない状態でした。25歳になって、勉強し始めたのです。

- 高校は、入学早々やめると決めてしまったのですか。

 はい。入学した高校は、第一志望ではなかったのですが、でもその当時は仕方ないなという感じには思っていました。精神的にもあまりいい状態でなくて結局、高校の授業は1、2回しか受けていないです。
元々は地元で一番の進学校を目指していたのですが、中3の時に不登校になって授業に半分ぐらいしか出なかったので、学力的にも普通に進んでいる人たちに比 べると劣っていました。家では勉強しましたが失敗してしまって、併願した私立高校に行ったのですがすぐにやめてしまったのです。
両親は、高校をやめたことについては普通の家庭よりはおおらかにみてくれたので、絶対に高校に行きなさいという感じではなく、今は休憩の時だからというよ うにみてくれて好きにさせてくれました。それは本当にありがたいと思っています。ただ、勉強の方は、それから全くしていなかったです。

- 高校をすぐにやめて、高卒認定を受けようとする間の10年間は何をしていたのですか。

 高卒認定を受けるまでの10年間の前半は、母の体調がよくなかったので、その介護的なこと、病院に通って世話をしてあげるようなことをしていました。僕の家庭では、家族のことや母のこと、それが大きなウェイトを占めていました。19歳の時に母が亡くなったのです。
母が亡くなって精神的に落ち込んでいって、だんだん精神的に上げていったんです。いろいろなことがありました。


- 25歳でもう一度新しく勉強を始めようと思った出来事があったのですか。

 それを簡単に説明するのは難しいですね。でも、母のこともあって、ちょっと時間がかかりましたが医学部に行きたいという強い気持ちがあって勉強をまた始めたのです。

- 高卒認定を受けようと思ったのはいつ頃のことですか。

 受験する年の3月頃です。その時に逆算して、父の友人からインターネットで高卒認定の受験指導をしているJ-Web Schoolというところがあると紹介されました。J-Web Schoolから教材が来たのが5月の頭だったと思います。

- 受講して、その年の8月の高卒認定試験全科目に一発で合格したのですね。

 はい。

- ブランクが長かったので、勉強には不安があったのではありませんか。

 その時は不安よりも進むしかないという気持ちでした。ただひたすら進むという感じでした。だから勉強に対しての不安はなくて、日々目標に向けて努力していくのみというように生活していました。

- ある程度勉強に時間は使えたのですか。

 アルバイトはちょくちょく何かをしていましたが、どこかに就職することはなかったです。お金の面では、父が援助してくれたので、朝からずっと勉強をやっていました。
勉強の方は、最初は大変でした。勉強をする習慣がついていなかったので、そこを何カ月かかけてやり続けることで何とか習慣づけていきました。
 僕は、男だけの4人兄弟の長男なのですが、下の2番目と3番目の弟たちは家を出ていました。一番下はいましたが、僕が勉強を再開したことを励ますという より、時々おちょくるぐらいで…(笑)。弟たちはみんな家を出たり、違う世界にいたりしたので、家の中でも何も気にせずに勉強できる環境ができていまし た。


- 勉強の習慣づけのために何か工夫したことがありますか。

 目標を持って、それに対して日々、今何をすればその目標に到達できるかという考え方で努力していました。
 Webでの勉強は、机に向かってする勉強とは違うタイプだったので、その点はパターンを変えられるという点でよかったです。机でテキストを見て勉強する というよりもWebの画面を見て聞きながら勉強できる、ただ単に聞くだけでもいいので、そういうように少しパターンを変えながら長い時間やっていました。
Webの授業は、全く抵抗なかったです。メールのやり取りをしつつ、わからなかったところは聞いたりしていました。
 特に好きな時間に勉強ができるというのが一番よかったです。塾などに行くと、決められた時間に行かないとその授業は受けられないというのがありますが、J-Web Schoolだと好きな時間に好きなように勉強できるから、効率よくできる学び方だと思います。
科目としては、英語はきつかったです。単語が全く頭に入っていなかったので。単語は、単語帳を買ってきて、朝一番に単語を1日に10個ずつ覚えるようなことをしていました。中学の英語の教科書から持ってきてそこからやり直しました。
高卒認定受験の頃は、起きてから朝食を食べたらすぐに勉強を始めて、お腹が空いたら昼飯を食べて、またその後勉強するという感じで、何もせずにひたすらずっと勉強していました。1日10時間以上当たり前のように勉強をしていました。


- 自分以外に、同じような境遇の人がいるのかとか、同じような人と話をしてみたいということはなかったですか。

 ありました ね。でも、最初の頃はちょっと勇気がなかったです。J-Web Schoolの受講生同士の交流会には参加してみたのがよかったです。交流会には、3回参加しています。1回目は、大検受検が終わりほっとしている時でし た。交流会に参加した時点では、合格するかどうかはわからなかったのですが、たぶん大丈夫だろうという気持ちでした。
 2回目は、大学の医学部を目指して予備校に通っている時で、交流会に参加していろいろなアドバイスをもらえてよかったです。3回目は、大学生となってからの参加です。
交流会に出るとすごく勉強になります。同じ年齢の人が大検を受けていたりしてすごいなと思って関心したり、逆にそういう人たちと関わることによって、やる気を起こさせてもらえたのでいい影響がありました。

- 大検に合格して、合格の翌々年にあたる今年の春に大学に合格したのですね。大検合格後は、大学合格を目指していたのですね。

冨田 大検合格した翌年に、福島市の自宅から仙台市にある代々木ゼミナールまでバスで通って勉強していました。生活は、26歳から予備校中心にシフトしました。
 予備校の浪人生と同じ時間帯の講義を受けていました。朝7時ぐらいに家を出て9時ぐらいから勉強を始めて夜8時ぐらいまで勉強して帰ってくるというパターンでした。
 浪人生と言っても、年齢は19歳とか20歳とかの人ばかりなので、ギャップがありました。僕と同じ年代はいなかったので、世代の違いは感じましたね。そ ういう意味では、予備校時代は人間関係はうまくいっていなかったですね。大学に行くための勉強という感じで勉強中心でした。
 結局、その頃は、12時間ぐらい毎日勉強していたことになりますが、当時は勉強が習慣になっていて勉強するのが当たり前で、勉強しないと逆に落ち着かなくなるほどでした。

- 勉強しないと体調が悪くなるくらい?

冨田 そうです、気持ちが悪くなったり(笑)。


- 大学の理工学部に入学したということは、どうしても医学部というわけでもなかったのですか。

冨田 本当は、どうしても医学部だったのですが、父の友人の方からいろいろな影響を受けて、考えが変わりました。
下の弟が東京にあるその方の家に下宿させてもらっていて、僕も東京に来る機会があると何度か泊めてもらい、何回か飲みに行ったりして、いろいろこれからに ついて話をしたりしました。それで第一志望の国立大学医学部はセンター試験を受けたのですが失敗して、その後、第二志望の私立大学の医学部を受けたのです が一次試験で落ちてしまい、どうしようかということでその方に相談しました。人には向き不向きがあって、今回はまだ努力が足りなかったのではないかと言わ れて、最終的には学者になれと説得されて、福島大学に行こうという感じになったのです。

- 学者といってもいろいろありますが。

冨田 理数系の学者になろうと思っています。僕は単純なので乗りやすいので…。そこまでは自分はかたくなに医者になるのだと思っていたのですが、その時にちょっと変わりました。
 医者は医者にしかなれないけれども、福島大学に行ったらサラリーマンにもなれるし、学者にも先生にもなれるので、もっと広く見ろということを言いたかっ たのだと思います。医者だけが人生じゃないということで、自分に合ったものがそこから見つかるのではないかと言ってくれました。


- 大学自体は入りたい大学だったのでしょう?

冨田 第三志望ぐら いですが…(笑)。授業自体は自分が受けたいと思っていた授業はまだ始まっていないです。まだ基礎なので、これからもっと難しい方に行くための知識をつけ る段階で高校の延長線上の授業しか受けていないです。いまは、物足りないですね。実験などもまだ始まらないので。3年生から始まるらしいです。研究室に配 属されるまではまだまだです。

- キャンパスライフはどうですか。

冨田 楽しいです。友達が100人できるぐらいの勢いです。いろいろな学部があって、そういう人たちと関わって、サークルにも2つ入りました。混声合唱とバスケットボールのサークルです。
バスケットは、小学校の時にやっていました。マンガの『スラムダンク』(井上雄彦、集英社)に影響されました。僕は身長が179センチあるのですが、体は動かさないといけないとも思っています。
混声合唱は、本格的なんです。歌がうまくなるために。春休みにカラオケに行ったのですが、自分のひどさに愕然として一から発声からやり直していい声を出し たいと考えています。夏休み中は混声合唱に全てを注いできました。月曜日から土曜日まで毎日練習があって夏合宿もありました。
 混声合唱部は、福島県大会にも出て金賞をもらって、次は東北大会が近々にあるのです。さらに、全国大会は熊本であります。そのために毎日を捧げていま す。勉強ではなくてサークルの方に(笑)。サークル員も50人以上いて、飲み会が毎日ありました。そういう部活です。そっちがメインの人もいるかもしれな いです。いまは、とても楽しいです。

- 今までの生活は、周りと一緒にワイワイという環境ではなかったでしょうから、ガラッと変わったのではないですか。

冨田 はい、予備校 時代は一人で朝から晩までずっと勉強していた生活から、今度は3、40人が毎日集まってワイワイガヤガヤです。相性の合わない人もいますが、27歳の大人 としてうまくやっています。年上なので敬語を使われたりもします。馴れ馴れしい人もいれば大人として見てくれる人もいます。

- 楽しくて、将来もだんだん見えてきましたね。

冨田 はい、今は充実しています。


- 高卒認定の良さを感じることもありますか。

冨田 あります。高卒認定があったから勉強するきっかけになりました。そうでなかったら普通に就職していたと思います。

- 目指す学者像は?

冨田 社会のために ということではなくて、自分の好きな研究をひたすらできるような学者になりたいです。意味があるかと言われればないかもしれないですが、やりたいのは基礎 分野なのですが、そういうことをやりたいと思います。今は漠然としか言えないです。ピンポイントではまだ定まっていないです。
 まだ広いところからしか見ていないので、そこから自分の進みたい道を模索している段階です。

- ありがとうございました。

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